疫病神 田中貢太郎 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)長谷川時雨女史《はせがわしぐれじょし》 -------------------------------------------------------  長谷川時雨女史《はせがわしぐれじょし》の実験談であるが、女史が佃島《つくだじま》にいた比《ころ》、令妹《れいまい》の春子さんが腸チブスに罹《かか》って離屋《はなれ》の二階に寝ていたので、その枕頭《まくらもと》につきっきりで看護していた。  それは夜であったが、その時病人がうなされていた。女史は何の気なしに床の間の方へ眼をやった。そこの床の間の隅に十五六ぐらいの少年がいて、それが腕ぐみしてじっと蹲《しゃが》んでいたが、その髪の毛は焦げあがったようで、顔は細長い茄子《なす》の腐ったような顔であった。女史はびっくりしたが、かねて疫病神のことを聞いていたので、ここで負けては病人が死んでしまうと思って、下腹へぐっと力を入れてその少年を睨《にら》みつけた。すると、少年の姿が煙のように消えるとともに、うなされていた春子さんが夢から覚めたようになった。  そのうちに春子さんの病気もすっかり癒《なお》ったので、女史は箱根へ出かけて往った。国府津で汽車をおりて、そこから電車で小田原へ往ったが、電車が小田原の幸町《さいわいちょう》の停留場へ著《つ》いた時、何の気なしに窓の外を見ると、停留場の名を書いた大きな電柱に寄りかかって、ぼんやりと腕ぐみしている少年があった。それは彼の茄子の腐ったような顔色の少年であった。  女史はそこでまた下腹へ力を入れてぐっと睨みつけた。と、少年の姿はまた消えてしまった。 底本:「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」学研M文庫、学習研究社    2003(平成15)年10月22日初版発行 底本の親本:「新怪談集 実話篇」改造社    1938(昭和13)年 入力:Hiroshi_O 校正:noriko saito 2010年10月20日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。