お化の面 田中貢太郎 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)お化《ばけ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)怪談浪曲師|浪華綱右衛門《なにわつなえもん》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)静雨[#「静雨」はママ] -------------------------------------------------------  怪談浪曲師|浪華綱右衛門《なにわつなえもん》の家に、怪奇なお化《ばけ》の面があった。縦が二尺横が一尺で、左の眼は乳房が垂れさがったように垂れて、右の眼は初月《みかづき》のような半眼《はんがん》、それに蓬蓬《ぼうぼう》の髪の毛、口は五臓六腑が破れ出た血に擬《まが》わして赤い絵具を塗り、その上処どころ濃鼠《こいねず》の布で膏薬張《こうやくばり》をしてあった。  それは初代林家正蔵が秘蔵していた物であった。その正蔵が百六歳の長寿を保って、沼津で歿《な》くなった際、形見として弟子の中川海老蔵に与えたが、海老蔵は昭和五年の秋、女房に逃げられて、その苦悩のうちに病気になり、久しく病床に呻吟《しんぎん》していたが、某日《あるひ》杖に縋《すが》って、弟子の綱右衛門の家へ現われ、 「人間は、今日在って明日無い命だ、これをおめえにやるぜ」  と云って風呂敷包の中から執《と》りだしたのが、そのお化の面であった。綱右衛門は喜んだ。 「師匠、これを、わっしに」 「形見だから、執っといてくんねえ、乃公《おいら》の後を継いでくれるのは、おめえだけだ」  海老蔵はそれから夕陽の影法師のような力《ちから》ない足どりで帰って往ったが、それから一週間して綱右衛門は、海老蔵の死亡の通知に接した。  其の後綱右衛門は、お化の面を用いて人気を博するつもりで、深川の桜館《さくらかん》でそれを冠《かむ》って四谷怪談をやったところで、前晩まで三四百人来ていた客が、次の晩には十四五人になり、その翌晩は、木戸で喧嘩が起って血の雨が降った。  綱右衛門は恐れをなしてお化の面をしまいこんだが、昭和七年になって、久しぶりに執り出して、弟子の綱行に冠せ、記念の写真を撮って、その後でビールを飲んでいたところで、平生《いつも》は猫のように温順《おとな》しい綱行がちょっとした事で綱右衛門に喰ってかかったので、 「なにを、この野郎」  と云ってビール瓶で殴りつけたので、綱行は負傷するし、つづいて女房が病気になってなかなか癒《なお》らず、そんなこんなで家作《かさく》は人手に渡ってしまった。その時遊びに来たのが伊藤|静雨《せいう》[#「静雨」はママ]であった。  綱右衛門は静雨[#「静雨」はママ]に不吉なお面の話をして別れたが、翌日になって静雨[#「静雨」はママ]から夫人の歿《な》くなったと云う通知を受け取った。  そこで綱右衛門は、すっかり怖気《おじけ》をふるって、昭和十一年三月、菩提寺の浅草玉姫町の永伝寺へ奉納して、永久に同寺に封じこめる事にした。 底本:「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」学研M文庫、学習研究社    2003(平成15)年10月22日初版発行 底本の親本:「新怪談集 実話篇」改造社    1938(昭和13)年 入力:Hiroshi_O 校正:noriko saito 2010年10月20日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。