短歌習作 宮本百合子 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)瞳《め》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#ここから1字下げ] /\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号) (例)ホロ/\ *濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」 ------------------------------------------------------- [#ここから1字下げ] 涙ぐみてうるむ瞳を足元に   なぐれば小石うち笑みてあり かんしやくを起しゝあとの淋しさに   澄む大空をツク/″\と見る ものたらぬ頬を舌にてふくらませ   瓦ころがる抜け歯の音きく うすらさむき秋の暮方なげやりに   氷をかめば悲の湧く 角砂糖のくずるゝ音をそときけば   若き心はうす笑する 首人形遠き京なるおもちや屋の   店より我にとつぎ出しかな はにかみてうす笑する我よめは   孔雀の羽かげ髷のみを出す 物語り思ひ出つゝ我髪を   切りて作りぬ細き指環を 生れ出て始めてふるゝ三味の糸   うす黄の色のなつかしきかな 調子なき思のまゝをかきならす   ざれたる心我はうれしき そぼぬれし雄鳥のふと身ぶるひて   空を見あぐる秋雨の日よ 秋の日をホロ/\と散る病葉の   たゞその名のみなつかしきかな 気まぐれに紅の小布をはぬひつゝ   お染を思ふうす青き日よ 泣きつかれうるむ乙女の瞳《め》の如し   はかなく光る樫の落葉よ 蛇の目傘塗りし足駄の様もよし   たゞ助六と云ふさへよければ 助六の紅の襦袢はなつかしや   水色の衿かゝりてあれば 真夜中の鏡の中に我見れば   暗きかげより呪湧く如 呪はれて呪ひて見たき我思ひ   物語りめく折もあるかと 紫陽花のあせたる花に歌書きて   送りても見んさめたる心 カサ/\と落葉ふみつゝ思ひ見る   暗き中なる白き芽生へよ 我部屋の天井にある雨のしみ   磐若のかほの恐ろしきかな 何高が雨のしみとは思へども   頭の真上にあるが恐ろし 幼き日ざれ書したる片わきに   ペン/\草は押してありけり 色あせてみにくき花となりしかど   萩と云う名のすてがたきかな 雨晴れし後の雨だれきゝてあれば   かしらおのづとうなだるゝかな ぜんまひの小毬をかゞる我指を   見れば鹿の子を髪にのせたや 夜々ごとに来し豆売りは来ずなりぬ   妻めとりぬと人の云ひたり 意志悪な小姑の如シク/\と   いたむ虫歯に我はなやめり 亡き人のたまを迎へて鳴くと云ふ   犬の遠吠我はおびへぬ あるまゝにうつす鏡のにくらしき   片頬ふくれしかほをのぞけば    ひな勇を思ひ出して ソトなでゝ涙ぐみけり青貝の   螺鈿《らでん》の小箱光る悲しみ 紫のふくさに包み花道で   もらひし小箱今はかたみよ 振長き京の舞子の口紅の   うつりし扇なつかしきかな 姉妹の様やと云はれ喜びし   京の舞子のひな勇と我れ 紫陽花のあせそむる頃別れ来て   迎へし秋のかなしかりしよ たゞ一人はかなく逝きしひな勇は   いまはのきはに我名呼びきと 我名をば呼びきと低うくり返せば   まぶたのうらは熱くなり行く 思ひ出でゝひな勇はんと低うよべば   白粉の香のにほふ心地す いつの世にか又めぐり会ふ折もあるかと   螺鈿小箱を秘めておきけり [#ここで字下げ終わり] 底本:「宮本百合子全集 第三十巻」新日本出版社    1986(昭和61)年3月20日初版発行 ※底本解題の著者、大森寿恵子が、1913(大正2)年頃の執筆と推定する習作です。 入力:柴田卓治 校正:土屋隆 2008年2月28日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。