パステルの龍 芥川龍之介 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)上海《シヤンハイ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)人々|盞《さかづき》を [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数) (例)褲子《くうづ》 -------------------------------------------------------  これは上海《シヤンハイ》滞在中、病間に訳したものである。シムボリズムからイマジズムに移つて行つた、英仏の詩の変遷は、この二人の女詩人の作にも、多少は窺《うかが》ふ事が出来るかも知れない。名高いゴオテイエの娘さんは、カテユウル・マンデスと別れた後、Tin-tun-Ling と云ふ支那人に支那語を習つたさうである。が、李太白《りたいはく》や杜少陵《とせうりやう》の訳詩を見ても、訳詩とはどうも受け取れない。まづ八分までは女史自身の創作と心得て然るべきであらう。ユニス・テイツチエンズはずつと新しい。これは実際支那の土を踏んだ、現存の亜米利加《アメリカ》婦人である。日本ではエミイ・ロオウエル女史が有名だが、テイツチエンズ女史も庸才ではない。女史の本は二冊ある。これは一九一七年に出た、二冊目の PROFILES FROM CHINA から訳した。訳はいづれも自由訳である。      月光        ――Judith Gautier―― [#ここから2字下げ] 満月は水より出で、 海は銀《しろがね》の板となりぬ。 小舟には、人々|盞《さかづき》を干し、 月明りの雲、かそけきを見る。 山の上に漂《ただよ》ふ雲。 人々あるひは云ふ、―― 皇帝の白衣の后《きさき》と、 あるひは云ふ、―― 天《あま》翔《かけ》る鵠《くぐひ》のむれと。 [#ここで字下げ終わり]      陶器《すゑもの》の亭《ちん》         ――同上―― [#ここから2字下げ] 人工の湖《みづうみ》のなか 緑と青と、陶器《すゑもの》の亭《ちん》一つ。 かよひぢは碧玉《へきぎよく》の橋なり。 橋の反《そ》り、虎の背に似つ。 亭中に、綵衣《さいい》の人ら。 涼しき酒、盃《さかづき》に干し。 物語り又は詩つくる、 高々と袖かかげつつ、 のけ様《ざま》に帽|頂《かづ》きつつ。 水のなか、 明かにうつれる橋は 碧玉の三日の月めき、 綵衣《さいい》の人ら 逆様《さかさま》に酒のめる見ゆ、 陶器の亭のもなかに。 [#ここで字下げ終わり]      夕明り       ――Eunice Tietjens――  乾いた秋の木の葉の上に、雨がぱらぱら落ちるやうだ。美しい狐の娘さんたちが、小さな足音をさせて行くのは。      洒落者《しやれもの》         ――同上――  彼は緑の絹の服を着ながら、さもえらさうに歩いてゐる。彼の二枚の上着には、毛皮の縁がとつてある。彼の天鵞絨《びろうど》の靴の上には、褲子《くうづ》の裾を巻きつけた、意気な蹠《くるぶし》が動いてゐる。ちらちらと愉快さうに。  彼の爪は非常に長い。  朱君は全然流行の鏡とも云ふべき姿である!  その華奢《きやしや》な片手には、――これが最後の御定《おきま》りだが、――竹の鳥籠がぶらついてゐる。その中には小さい茶色の鳥が、何時でも驚いたやうな顔をしてゐる。  朱君は寛濶《かんくわつ》な微笑を浮べる。流行と優しい心、と、この二つを二つながら、満足させた人の微笑である。鳥も外出が必要ではないか?      作詩術         ――同上――  二人の宮人は彼の前に、石竹《せきちく》の花の色に似た、絹の屏風を開いてゐる。一人の嬪妃《ひんき》は跪《ひざまづ》きながら、彼の硯を守つてゐる。その時泥酔した李太白《りたいはく》は、天上一片の月に寄せる、激越な詩を屏風に書いた。 [#地から1字上げ](大正十一年一月) 底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房    1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行    1979(昭和54)年4月10日初版第11刷発行 入力:土屋隆 校正:松永正敏 2007年6月26日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。