売文問答 芥川龍之介 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)駄目《だめ》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)十円|盗《ぬす》まれても [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定 (例)[#ここから1字下げ] -------------------------------------------------------  編輯者 わたしの方の雑誌の来月号に何か書いて貰へないでせうか?  作家 駄目《だめ》です。この頃のやうに病気ばかりしてゐては、到底《たうてい》何もかけません。  編輯者 其処《そこ》を特に頼みたいのですが。 [#ここから1字下げ]  この間《かん》に書かば一巻の書をも成すべき押問答あり。 [#ここで字下げ終わり]  作家 ――と云ふやうな次第ですから、今度だけは不承《ふしよう》して下さい。  編輯者 困りましたね。どんな物でも好《い》いのですが、――二枚でも三枚でもかまひません。あなたの名さへあれば好いのです。  作家 そんな物を載《の》せるのは愚ぢやありませんか? 読者に気の毒なのは勿論《もちろん》ですが、雑誌の為にも損になるでせう。羊頭《やうとう》を掲《かか》げて狗肉《くにく》を売るとでも、悪口《あくこう》を云はれて御覧なさい。  編輯者 いや、損にはなりませんよ。無名の士の作品を載せる時には、善《よ》ければ善い、悪ければ悪いで、責任を負ふのは雑誌社ですが、有名な大家の作品になると、善悪とも責任を負ふものは、何時《いつ》もその作家にきまつてゐますから。  作家 それぢやなほ更《さら》引き受けられないぢやありませんか?  編輯者 しかしもうあなた位の大家になれば、一作や二作悪いのを出しても、声名《せいめい》の下《くだ》ると云ふ患《うれひ》もないでせう。  作家 それは五円や十円|盗《ぬす》まれても、暮しに困らない人がある場合、盗んでも好《い》いと云ふ論法ですよ。盗まれる方こそ好《い》い面《つら》の皮です。  編輯者 盗まれると思へば不快ですが、義捐《ぎえん》すると思へばかまはんでせう。  作家 冗談《じようだん》を云つては困ります。雑誌社が原稿を買ひに来るのは、商売に違ひないぢやありませんか? それは或主張を立ててゐるとか、或使命を持つてゐるとか、看板《かんばん》はいろいろあるでせう。が、損をしてまでも、その主張なり使命なりに忠ならんとする雑誌は少いでせう。売れる作家ならば原稿を買ふ、売れない作家ならば頼まれても買はない、――と云ふのが当り前です。して見れば作家も雑誌社には、作家自身の利益を中心に、断《ことわ》るとか引き受けるとかする筈ぢやありませんか?  編輯者 しかし十万の読者の希望も考へてやつて貰ひたいのですが。  作家 それは子供|瞞《だま》しのロマンテイシズムですよ。そんな事を真《ま》に受けるものは、中学生の中《なか》にもゐないでせう。  編輯者 いや、わたしなどは誠心誠意、読者の希望に副ふつもりなのです。  作家 それはあなたはさうでせう。読者の希望に副《そ》ふ事は、同時に商売の繁昌《はんじやう》する事ですから。  編輯者 さう考へて貰《もら》つては困ります。あなたは商売商売と仰有《おつしや》るが、あなたに原稿を書いて貰ひたいのも、商売気《しやうばいげ》ばかりぢやありません。実際あなたの作品を好んでゐる為もあるのです。  作家 それはさうかも知れません。少くともわたしに書かせたいと云ふのは、何か好意も交《まじ》つてゐるでせう。わたしのやうに甘い人間は、それだけの好意にも動かされ易い。書けない書けないと云つてゐても、書ければ書きたい気はあるのです。しかし安請合《やすうけあひ》をしたが最期《さいご》、碌《ろく》な事はありません。わたしが不快な目に遇《あ》はなければ、必《かならず》あなたが不快な目に遇ひます。  編輯者 人生意気に感ずと云ふぢやありませんか? 一つ意気に感じて下さい。  作家 出来合ひの意気ぢや感じませんね。  編輯者 そんなに理窟《りくつ》ばかり云つてゐずに、是非《ぜひ》何か書いて下さい。わたしの顔を立てると思つて。  作家 困りましたね。ぢやあなたとの問答でも書きませう。  編輯者 やむを得なければそれでもよろしい。ぢや今月中に書いて貰ひます。 [#ここから1字下げ]  覆面《ふくめん》の人、突然|二人《ふたり》の間《あひだ》に立ち現る。 [#ここで字下げ終わり]  覆面の人 (作家に)貴様《きさま》は情《なさけ》ない奴《やつ》だな。偉らさうな事を云つてゐるかと思ふと、もう一時の責塞《せめふさ》ぎに、出たらめでも何《なん》でも書かうとしやがる。おれは昔バルザツクが、一晩に素破《すば》らしい短篇を一つ、書き上げる所を見た事がある。あいつは頭に血が上《あが》ると、脚湯《きやくたう》をしては又書くのだ。あの凄《すさ》まじい精力を思へば、貴様なぞは死人も同様だぞ。たとひ一時の責塞《せめふさ》ぎにもしろ、なぜあいつを学ばないのだ? (編輯者に)貴様も心がけはよろしくないぞ。見かけ倒しの原稿を載せるのは、亜米利加《アメリカ》でも法律問題になりかかつてゐる。ちつとは目前《もくぜん》の利害の外《ほか》にも、高等な物のある事を考へろ。 [#ここから1字下げ]  編輯者も作家も声を出す事|能《あた》はず、茫然《ばうぜん》と覆面の人を見守るのみ。 [#ここで字下げ終わり] [#地から1字上げ](大正十年頃カ) [#地から1字上げ]〔未定稿〕 底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房    1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行    1979(昭和54)年4月10日初版第11刷発行 入力:土屋隆 校正:松永正敏 2007年6月26日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。