開扉一妖帖 泉鏡花 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)仰向《あおむ》け |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)松村|信也《しんや》氏 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数) (例)睜《みは》った -------------------------------------------------------  ただ仰向《あおむ》けに倒れなかったばかりだったそうである、松村|信也《しんや》氏――こう真面目《まじめ》に名のったのでは、この話の模様だと、御当人少々|極《きま》りが悪いかも知れない。信也氏は東――新聞、学芸部の記者である。  何しろ……胸さきの苦しさに、ほとんど前後を忘じたが、あとで注意すると、環海ビルジング――帯暗|白堊《はくあ》、五階建の、ちょうど、昇って三階目、空に聳《そび》えた滑かに巨大なる巌《いわお》を、みしと切組んだようで、芬《ぷん》と湿りを帯びた階段を、その上へなお攀上《よじのぼ》ろうとする廊下であった。いうまでもないが、このビルジングを、礎《いしずえ》から貫いた階子《はしご》の、さながら只中《ただなか》に当っていた。  浅草寺観世音の仁王門、芝の三門など、あの真中《まんなか》を正面に切って通ると、怪異がある、魔が魅《さ》すと、言伝える。偶然だけれども、信也氏の場合は、重ねていうが、ビルジングの中心にぶつかった。  また、それでなければ、行路病者のごとく、こんな壁際に踞《しゃが》みもしまい。……動悸《どうき》に波を打たし、ぐたりと手をつきそうになった時は、二河白道《にがびゃくどう》のそれではないが――石段は幻に白く浮いた、卍《まんじ》の馬の、片鐙《かたあぶみ》をはずして倒《さかさま》に落ちそうにさえ思われた。  いや、どうもちっと大袈裟《おおげさ》だ。信也氏が作者に話したのを直接に聞いた時は、そんなにも思わなかった。が、ここに書きとると何だか誇張したもののように聞こえてよくない。もっとも読者諸賢に対して、作者は謹んで真面目である。処を、信也氏は実は酔っていた。  宵から、銀座裏の、腰掛ではあるが、生灘《きなだ》をはかる、料理が安くて、庖丁の利く、小皿盛の店で、十二三人、気の置けない会合があって、狭い卓子《テエブル》を囲んだから、端から端へ杯が歌留多《かるた》のようにはずむにつけ、店の亭主が向顱巻《むこうはちまき》で気競《きそ》うから菊正宗の酔《えい》が一層|烈《はげ》しい。  ――松村さん、木戸まで急用――  いけ年《どし》を仕《つかまつ》った、学芸記者が馴《な》れない軽口の逃《にげ》口上で、帽子を引浚《ひっさら》うと、すっとは出られぬ、ぎっしり詰合って飲んでいる、めいめいが席を開き、座を立って退口《のきぐち》を譲って通した。――「さ、出よう、遅い遅い。」悪くすると、同伴《つれ》に催促されるまで酔潰《よいつぶ》れかねないのが、うろ抜けになって出たのである。どうかしてるぜ、憑《つき》ものがしたようだ、怪我《けが》をしはしないか、と深切なのは、うしろを通して立ったまま見送ったそうである。  が、開き直って、今晩は、環海ビルジングにおいて、そんじょその辺の芸妓《げいしゃ》連中、音曲のおさらいこれあり、頼まれました義理かたがた、ちょいと顔を見に参らねばなりませぬ。思切って、ぺろ兀《はげ》の爺《じい》さんが、肥《ふと》った若い妓《こ》にしなだれたのか、浅葱《あさぎ》の襟をしめつけて、雪駄《せった》をちゃらつかせた若いものでないと、この口上は――しかも会費こそは安いが、いずれも一家をなし、一芸に、携わる連中に――面と向っては言いかねる、こんな時に持出す親はなし、やけに女房が産気づいたと言えないこともないものを、臨機縦横の気働きのない学芸だから、中座の申訳に困り、熱燗《あつかん》に舌をやきつつ、飲む酒も、ぐッぐと咽喉《のど》へ支《つか》えさしていたのが、いちどきに、赫《かっ》となって、その横路地から、七彩の電燈の火山のごとき銀座の木戸口へ飛出した。  たちまち群集の波に捲《ま》かれると、大橋の橋杭《はしぐい》に打衝《ぶッつか》るような円タクに、 「――環海ビルジング」 「――もう、ここかい――いや、御苦労でした――」  おやおや、会場は近かった。土橋《どばし》寄りだ、と思うが、あの華やかな銀座の裏を返して、黒幕を落したように、バッタリ寂しい。……大きな建物ばかり、四方に聳立《しょうりつ》した中にこの仄白《ほのじろ》いのが、四角に暗夜《やみ》を抽《ぬ》いた、どの窓にも光は見えず、靄《もや》の曇りで陰々としている。――場所に間違いはなかろう――大温習会、日本橋連中、と門柱に立掛けた、字のほかは真白《まっしろ》な立看板を、白い電燈で照らしたのが、清く涼しいけれども、もの寂しい。四月の末だというのに、湿気《しっき》を含んだ夜風が、さらさらと辻惑《つじまど》いに吹迷って、卯《う》の花を乱すばかり、颯《さっ》と、その看板の面《おもて》を渡った。  扉を押すと、反動でドンと閉ったあとは、もの音もしない。正面に、エレベエタアの鉄筋が……それも、いま思うと、灰色の魔の諸脚《もろあし》の真黒《まっくろ》な筋のごとく、二ヶ処に洞穴《ほらあな》をふんで、冷く、不気味に突立《つった》っていたのである。  ――まさか、そんな事はあるまい、まだ十時だ――  が、こうした事に、もの馴《な》れない、学芸部の了簡《りょうけん》では、会場にさし向う、すぐ目前、紅提灯《べにぢょうちん》に景気幕か、時節がら、藤、つつじ。百合、撫子《なでしこ》などの造花に、碧紫《あおむらさき》の電燈が燦然《さんぜん》と輝いて――いらっしゃい――受附でも出張《でば》っている事、と心得違いをしていたので。  どうやら、これだと、見た処、会が済んだあとのように思われる。  ――まさか、十時、まだ五分前だ――  立っていても、エレベエタアは水に沈んだようで動くとも見えないから、とにかく、左へ石梯子《いしばしご》を昇りはじめた。元来慌てもののせっかちの癖に、かねて心臓が弱くて、ものの一町と駆出すことが出来ない。かつて、彼の叔父に、ある芸人があったが、六十七歳にして、若いものと一所に四国に遊んで、負けない気で、鉄枴《てっかい》ヶ峰へ押昇って、煩って、どっと寝た。  聞いてさえ恐れをなすのに――ここも一種の鉄枴ヶ峰である。あまつさえ、目に爽《さわや》かな、敷波の松、白妙《しろたえ》の渚《なぎさ》どころか、一毛の青いものさえない。……草も木も影もない。まだ、それでも、一階、二階、はッはッ肩で息ながら上るうちには、芝居の桟敷裏《さじきうら》を折曲げて、縦に突立《つった》てたように――芸妓《げいしゃ》の温習《おさらい》にして見れば、――客の中《うち》なり、楽屋うちなり、裙模様《すそもよう》を着けた草、櫛《くし》さした木の葉の二枚三枚は、廊下へちらちらとこぼれて来よう。心だのみの、それが仇《あだ》で、人けがなさ過ぎると、虫も這《は》わぬ。  心は轟《とどろ》く、脉《みゃく》は鳴る、酒の酔《えい》を円タクに蒸されて、汗ばんだのを、車を下りてから一度夜風にあたった。息もつかず、もうもうと四面《まわり》の壁の息《におい》を吸って昇るのが草いきれに包まれながら、性の知れない、魔ものの胴中《どうなか》を、くり抜きに、うろついている心地がするので、たださえ心臓の苦しいのが、悪酔に嘔気《はきけ》がついた。身悶《みもだ》えをすれば吐《つ》きそうだから、引返《ひっかえ》して階下《した》へ抜けるのさえむずかしい。  突俯《つっぷ》して、(ただ仰向《あおむ》けに倒れないばかり)であった――  で、背くぐみに両膝を抱いて、動悸《どうき》を圧《おさ》え、潰《つぶ》された蜘蛛《くも》のごとくビルジングの壁際に踞《しゃが》んだ処は、やすものの、探偵小説の挿画《さしえ》に似て、われながら、浅ましく、情《なさけ》ない。 「南無《なむ》、身延様《みのぶさま》――三百六十三段。南無身延様、三百六十四段、南無身延様、三百六十五段……」  もう一息で、頂上の境内という処だから、団扇太鼓《うちわだいこ》もだらりと下げて、音も立てず、千箇寺《せんがじ》参りの五十男が、口で石段の数取りをしながら、顔色も青く喘《あえ》ぎ喘ぎ上るのを――下山の間際に視《み》たことがある。  思出す、あの……五十段ずつ七折ばかり、繋《つな》いで掛け、雲の桟《かけはし》に似た石段を――麓《ふもと》の旅籠屋《はたごや》で、かき玉の椀に、きざみ昆布のつくだ煮か、それはいい、あろう事か、朝酒を煽《あお》りつけた勢《いきおい》で、通しの夜汽車で、疲れたのを顧みず――時も八月、極暑に、矢声を掛けて駆昇った事がある。……  呼吸《いき》が切れ、目が眩《くら》むと、あたかも三つ目と想う段の継目の、わずかに身を容《い》るるばかりの石の上へ仰ぎ倒れた。胸は上の段、およそ百ばかりに高く波を打ち、足は下の段、およそ百ばかりに震えて重い。いまにも胴中から裂けそうで、串戯《じょうだん》どころか、その時は、合掌に胸を緊《し》めて、真蒼《まっさお》になって、日盛《ひざかり》の蚯蚓《みみず》でのびた。叔父の鉄枴ヶ峰ではない。身延山の石段の真中《まんなか》で目を瞑《つぶ》ろうとしたのである。  上へも、下へも、身動きが出来ない。一滴の露、水がなかった。  酒さえのまねば、そうもなるまい。故郷も家も、くるくると玉に廻って、生命《いのち》の数珠《じゅず》が切れそうだった。が、三十分ばかり、静《じっ》としていて辛うじて起《た》った。――もっともその折は同伴《つれ》があって、力をつけ、介抱した。手を取って助けるのに、縋《すが》って這《は》うばかりにして、辛うじて頂上へ辿《たど》ることが出来た。立処《たちどころ》に、無熱池の水は、白き蓮華《れんげ》となって、水盤にふき溢《あふ》れた。  ――ああ、一口、水がほしい――  実際、信也氏は、身延山の石段で倒れたと同じ気がした、と云うのである。  何より心細いのは、つれがない。樹の影、草の影もない。噛《か》みたいほどの雨気《あまけ》を帯びた辻の風も、そよとも通わぬ。  ……その冷く快かった入口の、立看板の白く冴《さ》えて寂しいのも、再び見る、露に濡れた一叢《ひとむら》の卯《う》の花の水の栞《しおり》をすると思うのも、いまは谷底のように遠く、深い。ここに、突当りに切組んで、二段ばかり目に映る階段を望んで次第に上層を思うと、峰のごとく遥《はるか》に高い。  気が違わぬから、声を出して人は呼ばれず、たすけを、人を、水をあこがれ求むる、瞳ばかり睜《みは》ったが、すぐ、それさえも茫《ぼう》となる。  その目に、ひらりと影が見えた。真向うに、矗立《ちくりつ》した壁面と、相接するその階段へ、上から、黒く落ちて、鳥影のように映った。が、羽音はしないで、すぐその影に薄《うっす》りと色が染まって、婦《おんな》の裾《すそ》になり、白い蝙蝠《こうもり》ほどの足袋が出て、踏んだ草履の緒が青い。  翼に藍鼠《あいねずみ》の縞《しま》がある。大柄なこの怪しい鳥は、円髷《まるまげ》が黒かった。  目鼻立ちのばらりとした、額のやや広く、鼻の隆《たか》いのが、……段の上からと、廊下からと、二ヶ処の電燈のせいか、その怪しい影を、やっぱり諸翼《もろは》のごとく、両方の壁に映しながら、ふらりと来て、朦朧《もうろう》と映ったが、近づくと、こっちの息だか婦《おんな》の肌の香《かおり》だか、芬《ぷん》とにおって酒臭い。 「酔ってますね、ほほほ。」  蓮葉《はすは》に笑った、婦《おんな》の方から。――これが挨拶《あいさつ》らしい。が、私が酔っています、か、お前さんは酔ってるね、だか分らない。 「やあ。」  と、渡りに船の譬喩《たとえ》も恥かしい。水に縁の切れた糸瓜《へちま》が、物干の如露《じょろ》へ伸上るように身を起して、 「――御連中ですか、お師匠……」  と言った。  薄手のお太鼓だけれども、今時珍らしい黒繻子《くろじゅす》豆絞りの帯が弛《ゆる》んで、一枚小袖もずるりとした、はだかった胸もとを、きちりと紫の結目《むすびめ》で、西行法師――いや、大宅光国《おおやけみつくに》という背負方《しょいかた》をして、樫《かし》であろう、手馴《てな》れて研ぎのかかった白木の細い……所作、稽古《けいこ》の棒をついている。とりなりの乱れた容子《ようす》が、長刀《なぎなた》に使ったか、太刀か、刀か、舞台で立廻りをして、引込《ひっこ》んで来たもののように見えた。  ところが、目皺《めじわ》を寄せ、頬を刻んで、妙に眩《まぶ》しそうな顔をして、 「おや、師匠とおいでなすったね、おとぼけでないよ。」  とのっけから、 「ちょいと旦那《だんな》、この敷石の道の工合《ぐあい》は、河岸じゃありませんね、五十間。しゃっぽの旦那は、金やろかいじゃあない……何だっけ……銭《ぜに》とるめんでしょう、その口から、お師匠さん、あれ、恥かしい。」  と片袖をわざと顔にあてて俯向《うつむ》いた、襟が白い、が白粉《おしろい》まだらで。…… 「……風体を、ごらんなさいよ。ピイと吹けば瞽女《ごぜ》さあね。」  と仰向けに目をぐっと瞑《つむ》り、口をひょっとこにゆがませると、所作の棒を杖《つえ》にして、コトコトと床を鳴らし、めくら反《ぞ》りに胸を反らした。 「按摩《あんま》かみしも三百もん――ひけ過ぎだよ。あいあい。」  あっと呆気《あっけ》に取られていると、 「鉄棒《かなぼう》の音に目をさまし、」  じゃらんとついて、ぱっちりと目を開いた。が、わが信也氏を熟《じっ》と見ると、 「おや、先生じゃありませんか、まあ、先生。」 「…………」 「それ……と、たしか松村さん。」  心当りはまるでない。 「松村です、松村は確かだけれど、あやふやな男ですがね、弱りました、弱ったとも弱りましたよ。いや、何とも。」  上脊があるから、下にしゃがんだ男を、覗《のぞ》くように傾いて、 「どうなさいました、まあ。」 「何の事はありません。」  鉄枴ヶ峰では分るまい…… 「身延山の石段で、行倒れになったようなんです。口も利けない始末ですがね、場所はどこです、どこにあります、あと何階あります、場所は、おさらいの会場は。」 「おさらい……おさらいなんかありませんわ。」 「ええ。」  ビルジングの三階から、ほうり出されたようである。 「しかし、師匠は。」 「あれさ、それだけはよして頂戴よ。ししょう……もようもない、ほほほ。こりゃ、これ、かみがたの口合《くちあい》や。」  と手の甲で唇をたたきながら、 「場末の……いまの、ルンならいいけど、足の生えた、ぱんぺんさ。先生、それも、お前さん、いささかどうでしょう、ぷんと来た処をふり売りの途中、下の辻で、木戸かしら、入口の看板を見ましてね、あれさ、お前さん、ご存じだ……」  という。が、お前さんにはいよいよ分らぬ。 「鶏卵と、玉子と、字にかくとおんなじというめくらだけれど、おさらいの看板ぐらいは形でわかりますからね、叱られやしないと多寡《たか》をくくって、ふらふらと入って来ましたがね。おさらいや、おおさえや、そんなものは三番叟《さんばそう》だって、どこにも、やってやしませんのさ。」 「はあ。」  とばかり。 「お前さんも、おさらいにおいでなすったという処で見ると、満ざら、私も間違えたんじゃアありませんね。ことによったら、もう刎《は》ねっちまったんじゃありませんか。」  さあ…… 「成程、で、その連中でないとすると、弱ったなあ。……失礼だが、まるっきりお見それ申したがね。」 「ええ、ええ、ごもっとも、お目に掛《かか》ったのは震災ずっと前でござんすもの。こっちは、商売、慾張《よくば》ってますから、両三度だけれど覚えていますわ。お分りにならない筈《はず》……」  と無雑作な中腰で、廊下に、斜《ななめ》に向合った。 「吉原の小浜屋(引手茶屋)が、焼出されたあと、仲之町《なかのちょう》をよして、浜町《はまちょう》で鳥料理をはじめました。それさ、お前さん、鶏卵と、玉子と同類の頃なんだよ。京千代さんの、鴾《とき》さんと、一座で、お前さんおいでなすった……」 「ああ、そう……」  夢のように思出した。つれだったという……京千代のお京さんは、もとその小浜屋に芸妓《げいしゃ》の娘分が三人あった、一番の年若で。もうその時分は、鴾の細君であった。鴾氏――画名は遠慮しよう、実の名は淳之助《じゅんのすけ》である。 (――つい、今しがた銀座で一所に飲んでいた――)  この場合、うっかり口へ出そうなのを、ふと控えたのは、この婦《おんな》が、見た処の容子だと、銀座へ押掛けようと言いかねまい。……  そこの腰掛では、現に、ならんで隣合った。画会では権威だと聞く、厳《いかめ》しい審査員でありながら、厚ぼったくなく、もの柔《やわらか》にすらりとしたのが、小丼のもずくの傍《わき》で、海を飛出し、銀に光る、鰹《かつお》の皮づくりで、静《しずか》に猪口《ちょく》を傾けながら、 「おや、もう帰る。」信也氏が早急に席を出た時、つまの蓼《たで》を真青《まっさお》に噛《か》んで立ったのがその画伯であった。 「ああ、やっと、思出した……おつまさん。」 「市場の、さしみの……」  と莞爾《にっこり》する。 「おさらいは構わないが、さ、さしあたって、水の算段はあるまいか、一口でもいいんだが。」 「おひや。暑そうね、お前さん、真赤《まっか》になって。」  と、扇子《おうぎ》を抜いて、風をくれつつ、 「私も暑い。赤いでしょう。」 「しんは青くなっているんだよ……息が切れて倒れそうでね。」 「おひや、ありますよ。」 「有りますか。」 「もう、二階ばかり上の高い処に、海老屋《えびや》の屋根の天水|桶《おけ》の雪の遠見ってのがありました。」 「聞いても飛上りたいが、お妻さん、動悸《どうき》が激しくって、動くと嘔きそうだ。下へもおりられないんだよ。恩に被《き》るから、何とか一杯。」 「おっしゃるな。すぐに算段をしますから。まったく、いやに蒸すことね。その癖、乾き切ってさ。」  とついと立って、 「五月雨の……と心持でも濡れましょう。池の菰《まこも》に水まして、いずれが、あやめ杜若《かきつばた》、さだかにそれと、よし原に、ほど遠からぬ水神へ……」  扇子《おうぎ》をつかって、トントンと向うの段を、天井の巣へ、鳥のようにひらりと行く。  一あめ、さっと聞くおもい、なりも、ふりも、うっちゃった容子の中《うち》に、争われぬ手練《てだれ》が見えて、こっちは、吻《ほっ》と息を吐《つ》いた。……  ――踊が上手《うま》い、声もよし、三味線《さみせん》はおもて芸、下方《したかた》も、笛まで出来る。しかるに芸人の自覚といった事が少しもない。顔だちも目についたが、色っぽく見えない処へ、媚《なまめか》しさなどは気《け》もなかった。その頃、銀座さんと称《とな》うる化粧問屋の大尽《だいじん》があって、新《あらた》に、「仙牡丹《せんぼたん》」という白粉《おしろい》を製し、これが大当りに当った、祝と披露を、枕橋《まくらばし》の八百松《やおまつ》で催した事がある。  裾《すそ》を曳《ひ》いて帳場に起居《たちい》の女房の、婀娜《あだ》にたおやかなのがそっくりで、半四郎茶屋と呼ばれた引手茶屋の、大尽は常客だったが、芸妓《げいしゃ》は小浜屋の姉妹《きょうだい》が一の贔屓《ひいき》だったから、その祝宴にも真先《まっさき》に取持った。……当日は伺候《しこう》の芸者大勢がいずれも売出しの白粉の銘、仙牡丹に因《ちな》んだ趣向をした。幇間《ほうかん》なかまは、大尽客を、獅子《しし》に擬《なぞら》え、黒牡丹と題して、金の角の縫いぐるみの牛になって、大広間へ罷出《まかりい》で、馬には狐だから、牛に狸が乗った、滑稽《おどけ》の果《はて》は、縫ぐるみを崩すと、幇間同士が血のしたたるビフテキを捧げて出た、獅子の口へ、身を牲《にえ》にして奉った、という生命《いのち》を賭《と》した、奉仕《サアビス》である。 (――同町内というではないが、信也氏は、住居《すまい》も近所で、鴾画伯とは別懇だから、時々その細君の京千代に、茶の間で煙草話に聞いている――)  小浜屋の芸妓姉妹は、その祝宴の八百松で、その京千代と、――中の姉のお民《たみ》――(これは仲之町を圧して売れた、)――小股《こまた》の切れた、色白なのが居て、二人で、囃子《はやし》を揃えて、すなわち連獅子《れんじし》に骨身を絞ったというのに――上の姉のこのお妻はどうだろう。興|酣《たけなわ》なる汐時《しおどき》、まのよろしからざる処へ、田舎の媽々《かかあ》の肩手拭《かたてぬぐい》で、引端折《ひっぱしょ》りの蕎麦《そば》きり色、草刈籠《くさかりかご》のきりだめから、へぎ盆に取って、上客からずらりと席順に配って歩行《ある》いて、「くいなせえましょう。」と野良声を出したのを、何だとまあ思います? (――鴾の細君京千代のお京さんの茶の間話に聞いたのだが――)  つぶし餡《あん》の牡丹餅《ぼたもち》さ。ために、浅からざる御不興を蒙《こうむ》った、そうだろう。新製売出しの当り祝につぶしは不可《いけな》い。のみならず、酒宴の半ばへ牡丹餅は可笑《おか》しい。が、すねたのでも、諷《ふう》したのでも何でもない、かのおんなの性格の自然に出でた趣向であった。  ……ここに、信也氏のために、きつけの水を汲《く》むべく、屋根の雪の天水桶を志して、環海ビルジングを上りつつある、つぶし餡のお妻が、さてもその後、黄粉か、胡麻《ごま》か、いろが出来て、日光へ駆落ちした。およそ、獅子大じんに牡丹餅をくわせた姉さんなるものの、生死《いきしに》のあい手を考えて御覧なさい。相撲か、役者か、渡世人か、いきな処で、こはだの鮨《すし》は、もう居ない。捻《ひね》った処で、かりん糖売か、皆違う。こちの人は、京町の交番に新任のお巡査《まわり》さん――もっとも、角海老《かどえび》とかのお職が命まで打込んで、上《あが》り藤の金紋のついた手車で、楽屋入をさせたという、新派の立女形《たておやま》、二枚目を兼ねた藤沢浅次郎に、よく肖《に》ていたのだそうである。  あいびきには無理が出来る。いかんせん世の習《ならい》である。いずれは身のつまりで、遁《に》げて心中の覚悟だった、が、華厳《けごん》の滝へ飛込んだり、並木の杉でぶら下ろうなどというのではない。女形《おやま》、二枚目に似たりといえども、彰義隊《しょうぎたい》の落武者を父にして旗本の血の流れ淙々《そうそう》たる巡査である。御先祖の霊前に近く、覚悟はよいか、嬉しゅうござんす、お妻の胸元を刺貫き――洋刀《サアベル》か――はてな、そこまでは聞いておかない――返す刀で、峨々《がが》たる巌石《いわお》を背《そびら》に、十文字の立ち腹を掻切《かっき》って、大蘇芳年《たいそよしとし》の筆の冴《さえ》を見よ、描く処の錦絵《にしきえ》のごとく、黒髪山の山裾に血を流そうとしたのであった。が、仏法僧のなく音《ね》覚束《おぼつか》なし、誰に助けらるるともなく、生命《いのち》生きて、浮世のうらを、古河銅山の書記《かきやく》になって、二年ばかり、子まで出来たが、気の毒にも、山小屋、飯場のパパは、煩ってなくなった。  お妻は石炭|屑《くず》で黒くなり、枝炭のごとく、煤《すす》けた姑獲鳥《うぶめ》のありさまで、おはぐろ溝《どぶ》の暗夜《やみ》に立ち、刎橋《はねばし》をしょんぼりと、嬰児《あかんぼ》を抱いて小浜屋へ立帰る。……と、場所がよくない、そこらの口の悪いのが、日光がえりを、美術の淵源地《えんげんち》、荘厳の廚子《ずし》から影向《ようごう》した、女菩薩《にょぼさつ》とは心得ず、ただ雷の本場と心得、ごろごろさん、ごろさんと、以来かのおんなを渾名《あだな》した。――嬰児が、二つ三つ、片口をきくようになると、可哀相《かわいそう》に、いつどこで覚えたか、ママを呼んで、ごよごよちゃん、ごよちゃま。  ○日月星昼夜織分《じつげつせいちゅうやのおりわけ》――ごろからの夫婦喧嘩に、なぜ、かかさんをぶたしゃんす、もうかんにんと、ごよごよごよ、と雷の児《こ》が泣いて留める、件《くだん》の浄瑠璃《じょうるり》だけは、一生の断ちものだ、と眉にも頬にも皺《しわ》を寄せたが、のぞめば段もの端唄《はうた》といわず、前垂《まえだれ》掛けで、朗《ほがらか》に、またしめやかに、唄って聞かせるお妻なのであった。  前垂掛――そう、髪もいぼじり巻同然で、紺の筒袖《つつッぽ》で台所を手伝いながら――そう、すなわち前に言った、浜町の鳥料理の頃、鴾氏に誘われて四五|度《たび》出掛けた。お妻が、わが信也氏を知ったというはそこなのである。が、とりなりも右の通りで、ばあや、同様、と遠慮をするのを、鴾画伯に取っては、外戚《がいせき》の姉だから、座敷へ招じて盃《さかずき》をかわし、大分いけて、ほろりと酔うと、誘えば唄いもし、促せば、立って踊った。家元がどうの、流儀がどうの、合方の調子が、あのの、ものの、と七面倒に気取りはしない。口|三味線《ざみせん》で間にあって、そのまま動けば、筒袖《つつッぽ》も振袖で、かついだ割箸が、柳にしない、花に咲き、さす手の影は、じきそこの隅田の雲に、時鳥《ほととぎす》がないたのである。  それでは、おなじに、吉原を焼出されて、一所に浜町へ落汐《おちしお》か、というと、そうでない。ママ、ごよごよは出たり引いたり、ぐれたり、飲んだり、八方流転の、そして、その頃はまた落込みようが深くって、しばらく行方が知れなかった。ほども遠い、……奥沢の九品仏《くほんぶつ》へ、廓《くるわ》の講中《こうじゅう》がおまいりをしたのが、あの辺の露店の、ぼろ市で、着たのはくたびれた浴衣だが、白地の手拭《てぬぐい》を吉原かぶりで、色の浅黒い、すっきり鼻の隆《たか》いのが、朱羅宇《しゅらう》の長煙草《ながぎせる》で、片靨《かたえくぼ》に煙草《たばこ》を吹かしながら田舎の媽々《かかあ》と、引解《ひっとき》ものの価《ね》の掛引をしていたのを視《み》たと言う……その直後である……浜町の鳥料理。  お妻が……言った通り、気軽に唄いもし、踊りもしたのに、一夜《あるよ》、近所から時借りの、三味線の、爪弾《つめびき》で…… [#ここから4字下げ] 丑《うし》みつの、鐘もおとなき古寺に、ばけものどしがあつまりア…… [#ここで字下げ終わり]  ――おや、聞き馴《な》れぬ、と思う、うたの続きが糸に紛れた。―― [#ここから4字下げ] きりょうも、いろも、雪おんな…… [#ここで字下げ終わり]  ずどんと鳴って、壁が揺れた。雪見を喜ぶ都会人でも、あの屋根を辷《すべ》る、軒しずれの雪の音は、凄《すさま》じいのを知って驚く……春の雨だが、ざんざ降りの、夜ふけの忍駒《しのびごま》だったから、かぶさった雪の、その落ちる、雪のその音か、と吃驚《びっくり》したが、隣の間から、小浜屋の主婦《おかみ》が襖《ふすま》をドシンと打ったのが、古家だから、床の壁まで家鳴《やなり》をするまで響いたのである。  お妻が、糸の切れたように、黙った。そうしてうつむいた。 「――魔が魅《さ》すといいますから――」  一番|鶏《どり》であろう……鶏《とり》の声が聞こえて、ぞっとした。――引手茶屋がはじめた鳥屋でないと、深更《よふけ》に聞く、鶏の声の嬉しいものでないことに、読者のお察しは、どうかと思う。  時に、あの唄は、どんな化ものが出るのだろう。鴾氏も、のちにお京さん――細君に聞いた。と、忘れたと云って教えなかった。 「――まだ小どもだったんですもの――」  浜町の鳥屋は、すぐ潰《つぶ》れた。小浜屋|一家《いっけ》は、世田ヶ谷の奥へ引込《ひっこ》んで、唄どころか、おとずれもなかったのである。 (この話の中へも、関東ビルジングの廊下へも、もうすぐ、お妻が、水を調えて降りて来よう。)  まだ少し石の段の続きがある。  ――お妻とお民と京千代と、いずれも養女で、小浜屋の芸妓《げいしゃ》三人の上に、おおあねえ、すなわち、主婦《おかみ》を、お来《くる》といった――(その夜、隣から襖を叩いた人だが、)これに、伊作という弟がある。うまれからの廓《くるわ》ものといえども、見識があって、役者の下端《したっぱ》だの、幇間《ほうかん》の真似《まね》はしない。書画をたしなみ骨董《こっとう》を捻《ひね》り、俳諧を友として、内の控えの、千束の寮にかくれ住んだ。……小遣万端いずれも本家持の処、小判小粒で仕送るほどの身上でない。……両親がまだ達者で、爺《じい》さん、媼《ばあ》さんがあった、その媼さんが、刎橋《はねばし》を渡り、露地を抜けて、食べものを運ぶ例で、門へは一廻り面倒だと、裏の垣根から、「伊作、伊作」――店の都合で夜のふける事がある……「伊作、伊作」――いやしくも廓の寮の俳家である。卯の花のたえ間をここに音信《おとず》るるものは、江戸座、雪中庵の社中か、抱一《ほういつ》上人の三代目、少くとも蔵前の成美《せいび》の末葉ででもあろうと思うと、違う。……田畝《たんぼ》に狐火が灯《とも》れた時分である。太郎|稲荷《いなり》の眷属《うから》が悪戯《いたずら》をするのが、毎晩のようで、暗い垣から「伊作、伊作」「おい、お祖母《ばあ》さん」くしゃんと嚔《くしゃみ》をして消える。「畜生め、またうせた。」これに悩まされたためでもあるまい。夜あそびをはじめて、ぐれだして、使うわ、ねだるわ。勘当ではない自分で追出《おんで》て、やがて、おかち町辺に、もぐって、かつて女たちの、玉章《たまずさ》を、きみは今……などと認《したた》めた覚えから、一時、代書人をしていた。が、くらしに足りない。なくなれば、しゃっぽで、袴《はかま》で、はた、洋服で、小浜屋の店さして、揚幕ほどではあるまい、かみ手から、ぬっと来る。 (お京さんの茶の間話に聞くのである。)  鴾の細君の弱ったのは、爺さんが、おしきせ何本かで、へべったあと、だるいだるい、うつむけに畳に伸びた蹠《あしうら》を踏ませられる。……ぴたぴたと行《や》るうちに、草臥《くたび》れるから、稽古《けいこ》の時になまけるのに、催促をされない稽古棒を持出して、息杖《いきづえ》につくのだそうで。……これで戻駕籠《もどりかご》でも思出すか、善玉の櫂《かい》でも使えば殊勝だけれども、疼痛疼痛《いててて》、「お京何をする。」……はずんで、脊骨……へ飛上る。浅草の玉乗《たまのり》に夢中だったのだそうである。もっとも、すぺりと円い禿頭《はげあたま》の、護謨《コム》、護謨《コム》としたのには、少なからず誘惑を感じたものだという。げええ。大《おおき》なおくび、――これに弱った――可厭《いや》だなあ、臭い、お爺さん、得《え》ならぬにおい、というのは手製《てづく》りの塩辛で、この爺さん、彦兵衛さん、むかし料理番の入婿だから、ただ同然で、でっち上《あげ》る。「友さん腸《はらわた》をおいて行《ゆ》きねえ。」婆さんの方でない、安達ヶ原の納戸でないから、はらごもりを割《さ》くのでない。松魚《かつお》だ、鯛だ。烏賊《いか》でも構わぬ。生麦《なまむぎ》の鰺《あじ》、佳品である。  魚友《うおとも》は意気な兄哥《あにい》で、お来さんが少し思召《おぼしめ》しがあるほどの男だが、鳶《とび》のように魚の腹を握《つか》まねばならない。その腸《わた》を二升瓶に貯える、生葱《なまねぎ》を刻んで捏《こ》ね、七色唐辛子を掻交《かきま》ぜ、掻交ぜ、片襷《かただすき》で練上げた、東海の鯤鯨《こんげい》をも吸寄すべき、恐るべき、どろどろの膏薬《こうやく》の、おはぐろ溝《どぶ》へ、黄袋の唾をしたような異味を、べろりべろり、と嘗《な》めては、ちびりと飲む。塩辛いきれの熟柿《じゅくし》の口で、「なむ、御先祖でえでえ」と茶の間で仏壇を拝むが日課だ。お来さんが、通りがかりに、ツイとお位牌《いはい》をうしろ向けにして行《ゆ》く……とも知らず、とろんこで「御先祖でえでえ。」どろりと寝て、お京や、蹠《あしうら》である。時しも、鬱金《うこん》木綿が薄よごれて、しなびた包、おちへ来て一霜《ひとしも》くらった、大角豆《ささげ》のようなのを嬉しそうに開けて、一粒々々、根附だ、玉だ、緒〆《おじめ》だと、むかしから伝われば、道楽でためた秘蔵の小まものを並べて楽しむ処へ――それ、しも手から、しゃっぽで、袴《はかま》で、代書代言伊作氏が縁台の端へ顕《あら》われるのを見ると、そりゃ、そりゃ矢藤さんがおいでになったと、慌《あわただ》しく鬱金木綿を臍《へそ》でかくす……他なし、書画骨董の大方を、野分のごとく、この長男に吹さらわれて、わずかに痩莢《やせざや》の豆ばかりここに残った所以《ゆえん》である。矢藤は小浜屋の姓である。これで見ると、廓では、人を敬遠する時、我が子を呼ぶに、名を言わず、姓をもってするらしい。……  矢藤老人――ああ、年を取った伊作翁は、小浜屋が流転の前後――もともと世功を積んだ苦労人で、万事じょさいのない処で、将棊《しょうぎ》は素人の二段の腕を持ち、碁は実際初段うてた。それ等がたよりで、隠居仕事の寮番という処を、時流に乗って、丸の内辺の某|倶楽部《くらぶ》を預って暮したが、震災のために、立寄ったその樹の蔭を失って、のちに古女房と二人、京橋三十間堀裏のバラック建《だて》のアパアトの小使、兼番人で佗《わび》しく住んだ。身辺の寒さ寂しさよ。……霜月末の風の夜《よ》や……破蒲団《やぶれぶとん》の置炬燵《おきごたつ》に、歯の抜けた頤《あご》を埋《うず》め、この奥に目あり霞《かす》めり。――徒《いたず》らに鼻が隆《たか》く目の窪《くぼ》んだ処から、まだ娑婆気《しゃばッき》のある頃は、暖簾《のれん》にも看板にも(目あり)とかいて、煎餅《せんべい》を焼いて売りもした。「目あり煎餅」勝負事をするものの禁厭《まじない》になると、一時弘まったものである。――その目をしょぼしょぼさして、長い顔をその炬燵に据えて、いとせめて親を思出す。千束の寮のやみの夜《よ》、おぼろの夜《よ》、そぼそぼとふる小雨の夜、狐の声もしみじみと可懐《なつかし》い折から、「伊作、伊作」と女の音《ね》で、扉《とぼそ》で呼ぶ。 「婆さんや、人が来た。」「うう、お爺さん」内職の、楊枝《ようじ》を辻占《つじうら》で巻いていた古女房が、怯《おび》えた顔で――「話に聞いた魔ものではないかのう。」とおっかな吃驚《びっくり》で扉《と》を開けると、やあ、化けて来た。いきなり、けらけらと笑ったのは大柄な女の、くずれた円髷《まるまげ》の大年増、尻尾《しっぽ》と下腹は何を巻いてかくしたか、縞小紋《しまこもん》の糸が透いて、膝へ紅裏《こううら》のにじんだ小袖を、ほとんど素膚に着たのが、馬ふんの燃える夜の陽炎《かげろう》、ふかふかと湯気の立つ、雁《がん》もどきと、蒟蒻《こんにゃく》の煮込のおでんの皿盛を白く吐く息とともに、ふうと吹き、四合壜《しごうびん》を片手に提げて「ああ敷居が高い、敷居が高い、(鳥居さえ飛ぶ癖に)階子段《はしごだん》で息が切れた。若旦那、お久しゅう。てれかくしと、寒さ凌《しの》ぎに夜《よ》なしおでんで引掛《ひっか》けて来たけれど、おお寒い。」と穴から渡すように、丼をのせるとともに、その炬燵へ、緋《ひ》の襦袢《じゅばん》むき出しの膝で、のめり込んだのは、絶えて久しい、お妻さん。…… 「――わかたなは、あんやたい――」若旦那は、ありがたいか、暖かな、あの屋台か、五音《ごいん》が乱れ、もう、よいよい染みて呂律《ろれつ》が廻らぬ。その癖、若い時から、酒は一滴もいけないのが、おでんで濃い茶に浮かれ出した。しょぼしょぼの若旦那。  さて、お妻が、流れも流れ、お落《っこ》ちも落ちた、奥州青森の裏借屋に、五もくの師匠をしていて、二十《はたち》も年下の、炭屋だか、炭焼だかの息子と出来て、東京へ舞戻り、本所の隅っ子に長屋で居食いをするうちに、この年齢《とし》で、馬鹿々々しい、二人とも、とやについて、どっと寝た。青森の親元へ沙汰《さた》をする、手当薬療、息子の腰が立つと、手が切れた。むかいに来た親は、善知鳥《うとう》、うとうと、なきながら子をくわえて皈《かえ》って行《ゆ》く。片翼《かたは》になって大道に倒れた裸の浜猫を、ぼての魚屋が拾ってくれ、いまは三河島辺で、そのばさら屋の阿媽《おっかあ》だ、と煮こごりの、とけ出したような、みじめな身の上話を茶の伽《とぎ》にしながら――よぼよぼの若旦那が――さすがは江戸前でちっともめげない。「五もくの師匠は、かわいそうだ。お前は芸は出来るのだ。」「武芸十八般一通り。」と魚屋の阿媽だけ、太刀の魚《うお》ほど反《そ》って云う。「義太夫は」「ようよう久しぶりお出しなね。」と見た処、壁にかかったのは、蝙蝠傘《こうもりがさ》と箒《ほうき》ばかり。お妻が手拍子、口|三味線《ざみせん》。  若旦那がいい声で、 [#ここから4字下げ] 夢が、浮世か、うき世が夢か、夢ちょう里に住みながら、住めば住むなる世の中に、よしあしびきの大和路や、壺坂の片ほとり土佐町に、沢市という座頭あり。…… 妻のお里はすこやかに、夫の手助け賃仕事…… [#ここで字下げ終わり]  とやりはじめ、唄でお山へのぼる時分に、おでん屋へ、酒の継足しに出た、というが、二人とも炬燵の谷へ落込んで、朝まで寝た。――この挿話に用があるのは、翌朝かえりがけのお妻の態度である。りりしい眉毛を、とぼけた顔して、 「――少しばかり、若旦那。……あまりといえば、おんぼろで、伺いたくても伺えなし、伺いたくて堪《たま》らないし、損料を借りて来ましたから、肌のものまで。……ちょっと、それにお恥かしいんだけど、電車賃……」 (お京さんから、つい去年の暮の事だといって、久しく中絶えたお妻のうわさを、最近に聞いていた。)  お妻が、段を下りて、廊下へ来た。と、いまの身なりも、損料か、借着らしい。 「さ、お待遠様。」 「難有《ありがた》い。」 「灰皿――灰落しらしいわね。……廊下に台のものッて寸法にいかないし、遣手《やりて》部屋というのがないんだもの、湯呑みの工面がつきやしません。……いえね、いよいよとなれば、私は借着の寸法だけれど、花柳《はなやぎ》の手拭《てぬぐい》の切立てのを持っていますから、ずッぷり平右衛門で、一時|凌《しの》ぎと思いましたが、いい塩梅《あんばい》にころがっていましたよ。大丈夫、ざあざあ洗って洗いぬいた上、もう私が三杯ばかりお毒見が済んでいますから。ああ、そんなに引《ひっ》かぶって、襟が冷くありませんか、手拭をあげましょう。」 「一滴だってこぼすものかね、ああ助かった。――いや、この上欲しければ、今度は自分で歩行《ある》けそうです。――助かった。恩に被《き》ますよ。」 「とんでもない、でも、まあ、嬉しい。」 「まったく活返った。」 「ではその元気で、上のおさらいへいらっしゃるか。そこまで、おともをしてもよござんす。」 「で、演《や》っていますかね。三味線の音でも聞こえますか。」 「いいえ。」 「途中で、連中らしいのでも見ませんか。」 「人ッこ一人、……大びけ過ぎより、しんとして薄気味の悪いよう。」 「はてな、間違《まちがい》ではなかろうが、……何しろ、きみは、ちっともその方に引っかかりはないのでしたね。」 「ええ、私は風来ものの大気紛れさ、といううちにも、そうそう。」  中腰の膝へ、両肱《りょうひじ》をついた、頬杖《ほおづえ》で。 「じかではなくっても――御別懇の鴾先生の、お京さんの姉分だから、ご存じだろうと思いますが……今、芝、明舟町《あけふねちょう》で、娘さんと二人で、お弟子を取っています、お師匠さん、……お民さんのね、……まあ、先生方がお聞きなすっては馬鹿々々しいかも知れませんが、……目を据える、生命《いのち》がけの事がありましてね、その事で、ちょっと、切ッつ、はッつもやりかねないといった勢《いきおい》で、だらしがないけども、私がさ、この稽古棒(よっかけて壁にあり)を槍《やり》、鉄棒《かなぼう》で、対手《あいて》方へ出向いたんでござんすがね、――入費《いりよう》はお師匠さん持だから、乗込みは、ついその銀座の西裏まで、円タクさ。  ――呆《あき》れもしない、目ざす敵《かたき》は、喫茶店、カフェーなんだから、めぐり合うも捜すもない、すぐ目前《めのまえ》に顕《あら》われました。ところがさ、商売柄、ぴかぴかきらきらで、廓《くるわ》の張店《はりみせ》を硝子張《がらすばり》の、竜宮づくりで輝かそうていったのが、むかし六郷様の裏門へぶつかったほど、一棟、真暗《まっくら》じゃありませんか。拍子抜とも、間抜けとも。……お前さん、近所で聞くとね、これが何と……いかに業体《ぎょうてい》とは申せ、いたし方もこれあるべきを、裸で、小判、……いえさ、銀貨を、何とか、いうかどで……営業おさし留めなんだって。……  出がけの意気組が意気組だから、それなり皈《かえ》るのも詰りません。隙《ひま》はあるし、蕎麦屋《そばや》でも、鮨屋《すしや》でも気に向いたら一口、こんな懐中合《ふところあい》も近来めったにない事だし、ぶらぶら歩いて来ましたところが、――ここの前さ、お前さん、」  と低いが壁天井に、目を上げつつ、 「角海老に似ていましょう、時計台のあった頃の、……ちょっと、当世ビルジングの御前様に対して、こういっては相済まないけども。……熟《じっ》と天頂《てっぺん》の方を見ていますとね、さあ、……五階かしら、屋の棟に近い窓に、女の姿が見えました。部屋着に、伊達巻といった風で、いい、おいらんだ。……串戯《じょうだん》じゃない。今時そんな間違いがあるものか。それとも、おさらいの看板が見えるから、衣裳《いしょう》をつけた踊子が涼んでいるのかも分らない、入って見ようと。」 「ああ、それで……」 「でござんさあね。さあ、上っても上っても。……私も可厭《いや》になってしまいましてね。とんとんと裏階子《うらばしご》を駆下りるほど、要害に馴《な》れていませんから、うろうろ気味で下りて来ると、はじめて、あなた、たった一人。」 「だれか、人が。」 「それが、あなた、こっちが極《きま》りの悪いほど、雪のように白い、後姿でもって、さっきのおいらんを、丸剥《まるはぎ》にしたようなのが、廊下にぼんやりと、少し遠見に……おや! おさらいのあとで、お湯に入る……ッてこれが、あまりないことさ。おまけに高尾のうまれ土地だところで、野州塩原の温泉じゃないけども、段々の谷底に風呂場でもあるのかしら。ぼんやりと見てる間に、扉だか部屋だかへ消えてしまいましたがね。」 「どこのです。」 「ここの。」 「ええ。」 「それとも隣室《となり》だったかしら。何しろ、私も見た時はぼんやりしてさ、だから、下に居なすった、お前さんの姿が、その女が脱いで置いた衣《き》ものぐらいの場所にありましてね。」  信也氏は思わず内端《うちわ》に袖を払った。 「見た時は、もっとも、気もぼっとしましたから。今思うと、――ぞっこん、これが、目にしみついていますから、私が背負《しょ》っている……雪おんな……」 (や、浜町の夜更《よふけ》の雨に――  ……雪おんな……  唄いさして、ふと消えた。……) 「?……雪おんな。」 「ここに背負っておりますわ。それに実《ほん》に、見事な絵でござんすわ。」  と、肩に斜《ななめ》なその紫包を、胸でといた端もきれいに、片手で捧げた肱《ひじ》に靡《なび》いて、衣紋《えもん》も褄《つま》も整然《きちん》とした。 「絵ですか、……誰の絵なんです。」 「あら、御存じない?……あなた、鴾先生のじゃありませんか。」 「ええ、鴾君が、いつね、その絵を。」 (いままだ、銀座裏で飲んでいよう、すました顔して、すくすくと銚子《ちょうし》の数を並べて。) 「つい近頃だと言いますよ。それも、わけがありましてね、私が今夜、――その酒場へ、槍、鉄棒で押掛けたといいました。やっぱりその事でおかきなすったんだけれどもね。まあ、お目にかけますわ……お待なさい。ここは、廊下で、途中だし、下へ出た処で、往来と……ああ、ちょっとこの部屋へ入りましょうか。」 「名札はかかっていないけれど、いいかな。」 「あき店《だな》さ、お前さん、田畝《たんぼ》の葦簾張《よしずばり》だ。」  と云った。 「ぬしがあっても、夜の旅じゃ、休むものに極《きま》っていますよ。」 「しかし、なかに、どんなものか置いてでもあると、それだとね。」 「御本尊のいらっしゃる、堂、祠《ほこら》へだって入りましょう。……人間同士、構やしません。いえ、そこどころじゃあない、私は野宿をしましてね、変だとも、おかしいとも、何とも言いようのない、ほほほ、男の何を飾った処へ、のたれ込んだ事がありますわ。野中のお堂さ、お前さん。……それから見りゃ、――おや開かない、鍵が掛《かか》っていますかね、この扉は。」 「無論だろうね。」 「圧《お》してみて下さい。開きません? ああ、そうね、あなたがなすって[#「なすって」は底本では「なすつて」]は御身分がら……お待ちなさいよ、おつな呪禁《まじない》がありますから。」  懐紙《ふところがみ》を器用に裂くと、端を捻《ひね》り、頭を抓《つま》んで、 「てるてる坊さん、ほほほ。」  すぼけた小鮹《こだこ》が、扉の鍵穴に、指で踊った。 「いけないね、坊さん一人じゃあ足りないかね。そら、もう一人、出ました。また一人、もう一人。これじゃ長屋の井戸替だ。あかないかね。そんな筈はないんだけれど、――雨をお天気にする力があるなら、掛けた鍵なぞわけなしじゃあないか。しっかりおしよ。」  ぽんと、丸めた紙の頭を順にたたくと、手だか足だか、ふらふらふらと刎《は》ねる拍子に、何だか、けばだった処が口に見えて、尖《とが》って、目皺《めじわ》で笑って、揃って騒ぐ。 「いえね、お前さん出来るわけがありますの。……その野宿で倒れた時さ――当にして行った仙台の人が、青森へ住替えたというので、取りつく島からまた流れて、なけなしの汽車のお代。盛岡とかいう処で、ふっと気がつくと、紙入がない、切符がなし。まさか、風体を視《み》たって箱仕事もしますまい。間抜けで落したと気がつくと、鉄道へ申し訳がありません。どうせ、恐入るものをさ、あとで気がつけば青森へ着いてからでも御沙汰《おさた》は同じだものを、ちっとでも里数の少い方がお詫《わび》がしいいだろうでもって、馬鹿さが堪《たま》らない。お前さん、あたふた、次の駅で下りましたがね。あわてついでに改札口だか、何だか、ふらふらと出ますとね、停車場も汽車も居なくなって、町でしょう、もう日が、とっぷり暮れている。夜道の落人、ありがたい、網の目を抜けたと思いましたが、さあ、それでも追手が掛《かか》りそうで、恐い事――つかまったって、それだけだものを、大した御法でも背いたようでね。ええ、だもんだから、腹がすけば、ぼろ撥《ばち》一|挺《ちょう》なくっても口三味線で門附けをしかねない図々しい度胸なのが、すたすたもので、町も、村も、ただ人気のない処と遁《に》げましたわ、知らぬ他国の奥州くんだり、東西も弁《わきま》えない、心細い、畷道《なわてみち》。赤い月は、野末に一つ、あるけれど、もと末も分らない、雲を落ちた水のような畝《うね》った道を、とぼついて、堪らなくなって――辻堂へ、路傍《みちばた》の芒《すすき》を分けても、手に露もかかりません。いきれの強い残暑のみぎり。  まあ、のめり込んだ御堂の中に、月にぼやっと菅笠ほどの影が出来て、大きな梟《ふくろう》――また、あっちの森にも、こっちの林にも鳴いていました――その梟が、顱巻《はちまき》をしたような、それですよ。……祭った怪しい、御本体は。――  この私だから度胸を据えて、褌《ふんどし》が紅《あか》でないばかり、おかめが背負《しょ》ったように、のめっていますと、(姉さん一緒においで。――)そういって、堂のわきの茂りの中から、大方、在方《ざいかた》の枝道を伝って出たと見えます。うす青い縞《しま》の浴衣だか単衣《ひとえ》だか、へこ帯のちょい結びで、頬被《ほおかぶり》をしたのが、菅笠をね、被《かぶ》らずに、お前さん、背中へ掛けて、小さな風呂敷包みがその下にあるらしい……から脛《すね》の色の白いのが素足に草鞋《わらじ》ばきで、竹の杖を身軽について、すっと出て来てさ、お前さん。」  お妻は、踊の棒に手をかけたが、 「……実は、夜食をとりはぐって、こっちも腹がすいて堪らない。堂にお供物の赤飯でもありはしないか、とそう思って覗《のぞ》いて、お前を見たんだ、女じゃ食われない、食いもしようが可哀相《かわいそう》だ、といって笑うのが、まだ三十前、いいえ二十六七とも見える若い人。もう少し辛抱おしと、話しながら四五町、土橋を渡って、榎《えのき》と柳で暗くなると、家《うち》があります。その取着《とッつき》らしいのの表戸を、きしきし、その若い人がやるけれど、開きますまい、あきません。その時さ、お前さんちょっと捜して、藁《わら》すべを一本見つけて。」  お妻は懐紙の坊さん(その言《ことば》に従う)を一人、指につまんでいった。あと連は、掌《たなそこ》の中に、こそこそ縮まる。 「それでね、あなた、そら、かなの、※[#「耳」を崩した変体仮名「に」、136-11]形の、その字の上を、まるいように、ひょいと結んで、(お開け、お開け。)と言いますとね。」  信也氏はその顔を瞻《みまも》って、黙然として聞いたというのである。 「――苦もなく開いたわ。お前さん、中は土間で、腰掛なんか、台があって……一膳《いちぜん》めし屋というのが、腰障子の字にも見えるほど、黒い森を、柳すかしに、青く、くぐって、月あかりが、水で一|漉《こ》し漉したように映ります。  目も夜鳥ぐらい光ると見えて、すぐにね、あなた、丼、小鉢、お櫃《ひつ》を抱えて、――軒下へ、棚から落したように並べて、ね、蚊を払い(おお、飯はからだ。)(お菜漬《はづけ》だけでも、)私もそこへ取着きましたが、きざみ昆布《こぶ》、雁もどき、鰊《にしん》、焼豆府……皆、ぷんとむれ臭い。(よした、よした、大餒《おおす》えに餒えている。この温気《うんき》だと、命仕事だ。)(あなたや……私はもう我慢が出来ない、お酒はどう。)……ねえ、お前さん。―― (酒はいけない。飢《ひもじ》い時の飯粒は、天道もお目こぼし、姉さんが改札口で見つからなかったも同じだが、酒となると恐多い……)と素早いこと、さっさ、と片づけて、さ、もう一のし。  今度はね、大百姓……古い農家の玄関なし……土間の広い処へ入りましたがね、若い人の、ぴったり戸口へ寄った工合で、鍵のかかっていないことは分っています。こんな蒸暑さでも心得は心得で、縁も、戸口も、雨戸はぴったり閉っていましたが、そこは古い農家だけに、節穴だらけ、だから、覗《のぞ》くと、よく見えました。土間の向うの、大《おおき》い炉のまわりに女が三人、男が六人、ごろんごろん寝ているのが。  若い人が、鼻紙を、と云って、私のを――そこらから拾って来た、いくらもあります、農家だから。――藁すべで、前刻《さっき》のような人形を九つ、お前さん、――そこで、その懐紙を、引裂いて、ちょっと包《くる》めた分が、白くなるから、妙に三人の女に見えるじゃありませんか。  敷居際へ、――炉端のようなおなじ恰好《かっこう》に、ごろんと順に寝かして、三度ばかり、上から掌《てのひら》で俯向《うつむ》けに撫《な》でたと思うと、もう楽なもの。  若い人が、ずかずか入って、寝ている人間の、裾《すそ》だって枕許《まくらもと》だって、構やしません。大まかに掻捜して、御飯、お香こう、お茶の土瓶まで……目刺を串ごと。旧の盆過ぎで、苧殻《おがら》がまだ沢山あるのを、へし折って、まあ、戸を開放しのまま、敷居際、燃しつけて焼くんだもの、呆れました。(門火《かどび》、門火。)なんのと、呑気《のんき》なもので、(酒だと燗《かん》だが、こいつは死人焼《しびとやき》だ。このしろでなくて仕合せ、お給仕をしようか。)……がつがつ私が食べるうちに、若い女が、一人、炉端で、うむと胸も裾もあけはだけで起上りました。あなた、その時、火の誘った夜風で、白い小さな人形がむくりと立ったじゃありませんか。ぽんと若い人が、その人形をもろに倒すと、むこうで、ばったり、今度は、うつむけにまた寝ました。  驚きましたわ。藁を捻《ひね》ったような人形でさえ、そんな業《わざ》をするんだもの。……活きたものは、いざとなると、どんな事をしようも知れない、可恐《おそろし》いようね、ええ?……――もう行《や》ってる、寝込《ねごみ》の御飯をさらって死人焼で目刺を――だって、ほほほ、まあ、そうね……  いえね、それについて、お前さん――あなたの前だけども、お友だちの奥さん、京千代さんは、半玉の時分、それはいけずの、いたずらでね、なかの妹(お民をいう)は、お人形をあつかえばって、屏風《びょうぶ》を立てて、友染の掻巻《かいまき》でおねんねさせたり、枕を二つならべたり、だったけれど、京千代と来たら、玉乗りに凝ってるから、片端《かたっぱし》から、姉様《あねさま》も殿様も、紅《あか》い糸や、太白で、ちょっとかがって、大小|護謨毬《ゴムまり》にのッけて、ジャズ騒ぎさ、――今でいえば。  主婦《おかみ》に大目玉をくった事があるんだけれど、弥生《やよい》は里の雛遊《ひなあそ》び……は常磐津《ときわづ》か何かのもんくだっけ。お雛様を飾った時、……五人|囃子《ばやし》を、毬にくッつけて、ぽんぽんぽん、ころん、くるくるなんだもの。  ところがね、真夜中さ。いいえ、二人はお座敷へ行っている……こっちはお茶がちだから、お節句だというのに、三人のいつもの部屋で寝ました処、枕許が賑《にぎや》かだから、船底を傾けて見ますとね、枕許を走ってる、長い黒髪の、白いきものが、球に乗って、……くるりと廻ったり、うしろへ反ったり、前へ辷《すべ》ったり、あら、大きな蝶が、いくつも、いくつも雪洞《ぼんぼり》の火を啣《くわ》えて踊る、ちらちら紅い袴《はかま》が、と吃驚《びっくり》すると、お囃子が雛壇で、目だの、鼓の手、笛の口が動くと思うと、ああ、遠い高い処、空の座敷で、イヤアと冴えて、太鼓の掛声、それが聞覚えた、京千代ちい姐《ねえ》。  ……ものの形をしたものは、こわいように、生きていますわね。  ――やがてだわね、大きな樹の下の、畷《なわて》から入口の、牛小屋だが、厩《うまや》だかで、がたんがたん、騒しい音がしました。すっと立って若い人が、その方へ行きましたっけ。もう返った時は、ひっそり。苧殻《おがら》の燃《もえ》さし、藁の人形を揃えて、くべて、逆縁ながらと、土瓶をしたんで、ざあ、ちゅうと皆消えると、夜あらしが、颯《さっ》と吹いて、月が真暗《まっくら》になって、しんとする。(行きましょう、行きましょう。)ぞっと私は凄《すご》くなって、若い人の袖を引張《ひっぱ》って、見はるかしの田畝道へ。……ほっとして、 (聞かして下さいまし、どんなお方)。 (私か。) (あなた。) (森の祠の、金勢明神《こんせいみょうじん》。) (…………) (男の勢だ。) (キャア。)  話に聞いた振袖新造《ふりそでしんぞ》が――台のものあらしといって、大びけ過ぎに女郎屋の廊下へ出ましたと――狸に抱かれたような声を出して、夢中で小一町駆出しましたが、振向いても、立って待っても、影も形も見えません、もう朝もやが白んで来ました。  それなの、あなた、ただいま行いました、小さなこの人形たちは。」  掌《たなそこ》にのせた紙入形を凝《じっ》とためて、 「人数《にんず》が足りないかしら、もっとも九ツ坊さんと来りゃあ、恋も呪《のろい》もしますからね。」  で、口を手つだわせて、手さきで扱《しご》いて、懐紙《ふところがみ》を、蚕《かいこ》を引出すように数を殖《ふや》すと、九つのあたまが揃って、黒い扉の鍵穴へ、手足がもじゃ、もじゃ、と動く。……信也氏は脇の下をすくめて、身ぶるいした。 「だ……」  がっかりして、 「めね……ちょっと……お待ちなさいよ。」  信也氏が口をきく間もなく、 「私じゃ術がきかないんだよ。こんな時だ。」  何をする。  風呂敷を解いた。見ると、絵筒である。お妻が蓋《ふた》を抜きながら、 「雪おんなさん。」 「…………」 「あなたがいい、おばけだから、出入りは自由だわ。」  するすると早や絹地を、たちまち、水晶の五輪塔を、月影の梨の花が包んだような、扉に白く絵の姿を半ば映した。 「そりゃ、いけなかろう、お妻さん。」  鴾の作品の扱い方をとがめたのではない、お妻の迷《まよい》をいたわって、悟そうとしたのである。 「いいえ、浅草の絵馬の馬も、草を食べたというじゃありませんか。お京さんの旦那だから、身贔屓《みびいき》をするんじゃあないけれど、あれだけ有名な方の絵が、このくらいな事が出来なくっちゃ。」  絵絹に、その面影が朦朧《もうろう》と映ると見る間に、押した扉が、ツトおのずから、はずみにお妻の形を吸った。 「ああ、吃驚《びっくり》、でもよかった。」  と、室《へや》の中から、 「そら、御覧なさい、さあ、あなたも。」  どうも、あけ方が約束に背いたので、はじめから、鍵はかかっていなかったらしい。ただ信也氏が手を掛けて試みなかったのは、他に責《せめ》を転じたのではない。空室《あきま》らしい事は分っていたから。しかし、その、あえてする事をためらったのは、卑怯《ひきょう》ともいえ、消極的な道徳、いや礼儀であった。  つい信也氏も誘われた。  する事も、いう事も、かりそめながら、懐紙の九ツの坊さんで、力およばず、うつくしいばけものの、雪おんな、雪女郎の、……手も袖もまだ見ない、膚《はだ》であいた室《へや》である。  一室《ひとま》――ここへ入ってからの第二の……第三の妖《よう》は…………………… [#地から1字上げ]昭和八(一九三三)年七月 底本:「泉鏡花集成9」ちくま文庫、筑摩書房    1996(平成8)年6月24日第1刷発行 底本の親本:「鏡花全集 第二十三卷」岩波書店    1942(昭和17)年6月22日発行 入力:門田裕志 校正:土屋隆 2006年3月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。