微笑 夢野久作 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)お河童《かっぱ》さん -------------------------------------------------------  それは可愛らしい、お河童《かっぱ》さんの人形であった。丸裸体《まるはだか》のまま……どこをみつめているかわからないまま……ニッコリと笑っていた。  ……時間と空間とを無視した……すべての空虚を代表した微笑であった。  ……真実無上の美くしさ……私は、その美くしさが羨ましくなった。云い知れず憎々しくなった。そのスベスベした肌の光りが無性に悲しく、腹立たしく、自烈度《じれった》くなった。  その人形を壊してしまいたくなった。その微笑をメチャメチャにしたくなった。私は人形を抱き上げて、静かに首をねじって見た。するとその首は、殆んど音も立てないで、ポックリと折れた中から、竹の咽喉笛《のどぶえ》がヒョイと出て来た……人を馬鹿にしたように……。  私は面白くなった。  拳固《げんこ》を固めてポカリと頭をたたき割ったら、鋸屑《おがくず》の脳味噌がバラバラと崩れ落ちて来た。胴を掴み破ると、ボール紙の肋骨《ろっこつ》が飛び出した。その下から又、薄板の隔膜と反故紙《ほごがみ》の腸があらわれた。手足をポキポキとヘシ折ったら、中味は灰色の土の肉ばかりで、骨の処《とこ》は空虚《うつろ》になっていることがわかった。  けれども人形は死ななかった。何もかもバラバラになったまま、可愛らしくニコニコしていた。  私はいよいよ苛立《いらだ》たしくなった。人形の破片《かけら》を残らず古新聞に包んで、グルグルと押し丸めて、庭の隅のハキダメにタタキ込んだ。……こんな下らないものを作った人形師を咀《のろ》いながら…………。  その古新聞紙はハキダメの中で雨にたたかれて破れた。メチャメチャになった人形の手足が、ゴミクタの中に散らばった。その中から可愛らしい硝子《ガラス》の片眼だけが、高い高い青空を見詰めながら、いつまでもいつまでも微笑していた。私はずっと後になってそれを発見した。そうして何かしらドキンとさせられた。  私は履物の踵《かかと》で、その片眼を踏みつけた。全身の重みをかけてキリキリと廻転した。  白い太陽がキラキラと笑った。 底本:「夢野久作全集3」ちくま文庫、筑摩書房    1992(平成4)年8月24日第1刷発行 底本の親本:「日本探偵小説全集 第十一篇 夢野久作集」改造社    1929(昭和4)年12月3日発行 入力:柴田卓治 校正:しず 2000年5月19日公開 2003年10月24日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。