狐と狸 田中貢太郎 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)司空《しくう》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数) (例)煑《に》てしまった。 -------------------------------------------------------  燕《えん》の恵王《けいおう》の墓の上に、一疋の狐と一疋の狸が棲んでいた。二疋とも千余年を経た妖獣であったが、晋の司空《しくう》張華《ちょうか》の博学多才であることを知って、それをへこますつもりで、少年書生に化けて、馬に乗って出て往こうとすると、華表神《かひょうじん》が呼び止めて、 「君達はどこへ往くのか」  と聞いた。華表神とは墓の前にある鳥居の神である。狸は華表神の問いに答えて、 「司空の張華と、議論しに往くところだ」  と言った。すると華表木《とりいのき》の精が、 「張司空は才人であるから、二人が命を失うばかしでなく、その禍が俺たちにもかかってくる、どうかやめてくれ」  と言ったが、狸と狐は聞かずに出かけて往った。  そして二疋で、張華の処へ往って、張華に逢って議論をはじめたが、その議論にはさすがの張華も弱らされた。張華はこの少年たちはどうしても人間でないから、化けの皮を剥いでやろうと考えていると、知合の雷孔章《らいこうしょう》という者がやってきた。張華は雷孔章の顔を見ると、 「怪しい書生が二人来ている」  と言って話した。雷孔章は、 「君は国の棟梁で、賢者を薦め、不肖者を退けている人じゃないか、自個《じぶん》より議論が偉いといって、妖怪あつかいにするは怪しからん、しかし真箇《ほんとう》に怪しいものなら、猟犬を伴《つ》れてきて、けしかけたらいいじゃないか」  と言った。  そこで張華は猟犬を伴れて、少年たちのいる室《へや》へ入ったが、少年たちは平気であった。 「僕達の才智は、天から与えられたものだ、それを却って妖怪として、犬を伴れてくるとは怪しからん」  と狸の方が言った。張華はこれを聞くと、 「百年の精なれば、猟犬を見れば形を現わすが、千年の妖なら、千年の神木の火で見ればきっと形を現わす」  と言った。雷孔章が、 「そんな神木がどこにあるか」  と言うと、張華は、 「燕の恵王の塚の前の華表木が千年を経ているということだ」  と言って、使をやってその木を取らした。その使が木の近くにゆくと、空に青い着物を着た小児が現われて、 「君はどこからきたのか」  と言った。使は、 「張司空の処から華表木を取りにきた」  と言った。すると小児は、 「あの古狸が馬鹿で、わしの詞《ことば》を聞かなかったから、わしにも禍が及んできた」  と言って泣きだしたが、すぐ見えなくなった。  そこで使の者は華表木を伐ってみると、木の中から血が流れた。そして、その木を持って帰ってきて、それに火を点《つ》けてみると、狸と狐の姿が現われた。張華はその二疋をつかまえて煑《に》てしまった。 底本:「中国の怪談(一)」河出文庫、河出書房新社    1987(昭和62)年5月6日初版発行 底本の親本:「支那怪談全集」桃源社    1970(昭和45)年発行 入力:Hiroshi_O 校正:noriko saito 2004年11月3日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。